TAVI
開胸手術がハイリスクである患者さんにも人工弁への置き換えが可能に
心臓の左心室と大動脈の間にある大動脈弁の動きが悪くなり、血液が循環しにくくなる大動脈弁狭窄症。胸痛や失神、息切れといった症状を伴うため、日常生活が制限されて、進行すれば心不全を繰り返す危険な状態となります。 重症の場合、開胸手術で人工弁に置き換える治療(大動脈弁置換術)を行わなければ、生命にかかわる状態になっていきます。しかし、高齢の方や合併症のリスクがある方など、少なくとも3割以上の方は開胸手術を受けることができません。 外科的治療ができない、またはハイリスクの患者さんにも有効な治療法が経カテーテル的大動脈弁留置術TAVI(Transcatheter Aortic Valve Implantation)です。開胸せずに傷んだ大動脈弁を新たな生体弁へ置き換えることができるため、体への負担が少なく、今まで治療できなかった方を救える可能性を持っています。 TAVIは、欧米ではすでに数多くの症例を重ね、外科的開胸手術と同等の成績が報告されています。 日本では2013年10月に保険適用となり、手稲渓仁会病院は道内初のTAVI実施施設の認可を受け、これまで200例以上(2020年2月時点)を施行しています。

アプローチ方法
カテーテルを使用し、小さな傷口から生体弁を挿入
専門医が2種類の生体弁から適切な弁とアプローチ方法を選択
カテーテルとは、血管の中に挿入して検査や治療を行う細い管のことですが、近年さまざまなカテーテル治療が開発され、進歩しています。TAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)は、カテーテルを用いた大動脈弁の治療の一つです。TAVIでは、カテーテルを挿入する部位は小さな傷で済みますので、体への負担が少なく術後の回復も早いため、入院期間が短くなります。
TAVIでは、生体弁をカテーテルの先端に小さくたたんで装着して血管(動脈)の中へ進めていき、心臓の大動脈弁の位置で生体弁を展開して留置します。従来の外科手術による大動脈弁置換術のように胸を大きく切開する必要がなく、心臓を停止させる必要がない(人工心肺を使用しない)ため、患者さんの体への負担が少ない手術です。
2020年現在、TAVIで使用する生体弁として、バルーン拡張型生体弁(Edwards Sapien3)と自己拡張型生体弁(Medtronic Evolut R/Pro)の2種類が健康保険で使用可能となっています。
バルーン拡張型生体弁(Edwards Sapien3)
自己拡張型生体弁(Medtronic Evolut R/Pro)
経大腿アプローチで大動脈弁をバルーンで拡張し、生体弁を留置
心臓までのアプローチ方法には大きく4通りの方法があり、患者さんの状態によって専門医が最適な方法を選択します。
TAVIのアプローチ部位
TAVIの95%の症例は大腿動脈アプローチです。
大腿動脈アプローチ
カテーテルの先端に小さくたたんで装着した生体弁を、そけい部(太ももの付け根の部分)の大腿動脈から入れて心臓の大動脈弁の部位まで運ぶ方法です。体への負担が少ない方法で、95%の症例でこのアプローチが選択されています。
心尖(しんせん)部アプローチ
左胸(第5~6肋間)を5~6cm切開し、心臓の端の尖った部分(心尖部)に小さな穴を開けて直接生体弁を入れる方法です。足の血管が細くて使えない場合でバルーン拡張型生体弁を用いるときに選択されます。
鎖骨下動脈アプローチ
左の鎖骨の下を4~5cm切開し、鎖骨下動脈を露出して、カテーテルの先端に小さくたたんで装着した生体弁を挿入して、心臓の大動脈弁の部位まで運ぶ方法です。足の血管が細くて使えず、かつ呼吸機能が低下していて心尖部アプローチも困難な場合などに選択されます。
直接大動脈アプローチ
上記のいずれのアプローチも困難で、自己拡張型生体弁を用いるときに選択されます。
TAVIの体制
訓練を積んだ専門スタッフの集団
「ハートチーム」の連携で安全な手術を実施
ハートチームによる症例検討会
TAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)は難度の高い手術であり、適応症例の見極めと安全管理が重要となります。
当院の循環器内科では、心臓血管センター 廣上貢センター長と心血管インターベンションセンター 数野祥郎センター長を中心に、循環器内科医と心臓血管外科医、麻酔科医、看護師、臨床工学技士、放射線技師など関係するスタッフによって「ハートチーム」を結成。専門的なスキルを持ったスタッフが適切に役割分担をすることで、万一の事態への対応を含め、安全で確実な手術を実施しています。
当院のハートチームはTAVI実施施設認可(2014年5月13日)を取得、2014年6月12日、北海道第一例目のTAVI(経大腿アプローチ)を実施し、成功しています。
また、TAVIには特有の合併症※のリスクがあります。TAVIに適する症例かどうかを十分に検討し、見極めることが安全につながります。当院ではハートチームの症例検討会において、TAVIの適応・判断とともに患者さんの状態やリスクを全員で把握し、十分な安全対策をとって手術に当たっています。
普及の進んでいる欧米では術後30日までの死亡率が2~3%と最近報告されていますが、日本では症例18,000例を超えて30日死亡は約1%となっています(2019年5月現在)。

血管造影しながらの手術が可能なハイブリッド手術室を整備
TAVIの実施には、血管造影が可能なレントゲン装置を備え、かつ空気清浄度のレベルの高い(クラス2度以上)ハイブリッド手術室が設備面で求められています。
手稲渓仁会病院では、2013年6月にハイブリッド手術室を整備しています。
TAVIの適応
現時点では開胸手術のリスクが高い、または外科手術が困難な重症大動脈弁狭窄症の患者さんがTAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)の適応となります。
TAVIの適応となる外科手術が困難かあるいは手術リスクが高い一般的な例
- ご高齢の患者さん(おおむね80歳以上)
- 過去に冠動脈バイパスなどの開胸手術の既往がある
- 胸部の放射線治療の既往がある
- 肺気腫などの呼吸器疾患の合併がある
- 1年以上の予後が期待できる悪性疾患合併がある
※個々の患者さんの病態背景などを考慮して、ハートチームでTAVIの適応を決めさせて頂きます。
大動脈弁置換術後の生体弁機能不全
- 2018年7月より外科的大動脈弁置換術後の生体弁機能不全に対するTAVIが治療適用となりました
※2回目の開胸手術を回避することができるようになりました。
TAVIの適応外となる例
- 末期腎不全で維持透析を受けている(現在治験中)
受診から退院までの流れ
- 外来受診
- 循環器内科は2014年4月から紹介型・完全予約型外来に移行しています。
かかりつけ医の先生からの紹介状をお持ちください。

重度大動脈弁狭窄症と診断

- 検査入院
- 心エコー、CT、カテーテル検査などによる画像診断で、
大動脈弁複合体や末梢血管の状態を評価します。
脳血管のチェックや消化管のチェックも行い、合併疾患の有無もしらべます。

- ハートチーム
カンファレンス - 検査結果を踏まえてハートチームでTAVIの適応の有無を判断し、生体弁を入れる際のアプローチ部位を決定します。
- また、手術にかかわるスタッフが患者さんのリスクについて情報を共有し、手術に臨みます。

- TAVI手術
- 全身麻酔下での手術となります。
手術時間は1時間程度です。術後は集中治療室(ICU)に入りますが、経過が良ければ手術翌日に一般病棟に移ります。

- 退院
- 合併症がなく治療後の経過が良ければ心臓リハビリをすすめて行き、術後7~9日で退院が可能です。
手術実績
TAVI実施 200症例のまとめ(2014.6.12~2020.2.29)※2020年3月時点
患者背景
- 平均年齢 84.4歳
- 男性 73名、女性 127名(男性36.5%)
- 体表面積の平均 1.48 ㎡
- 客観的なリスク評価による重症度
STS SCORE(米国胸部外科学会)の平均 7.05%
EuroSCORE IIの平均 4.92%
2020年2月までの実績 | 200例 |
---|---|
内 経大腿アプローチ | 178例 |
経心尖アプローチ | 17例 |
その他(左鎖骨下動脈) | 5例 |
生体弁の内訳
バルーン拡張型生体弁 (SapienXT/Sapien3) |
141例 |
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自己拡張型生体弁 (CoreValve/Evolut R/Evolut Pro) |
59例 |
治療成績
- 治療前の心エコー所見
大動脈弁弁口面積 0.69㎠(正常値 2.0~2.5㎠)
平均大動脈弁圧較差※1 52.2mmHg(正常値 0mmHg)
左室駆出率※2 62.8%(正常値 60~70%) - 治療後の心エコー所見
大動脈弁弁口面積 1.79㎠
平均大動脈弁圧較差 9.8mmHg
左室駆出率 64.6%
※1 左室と大動脈間の圧の差。圧較差が大きいほど、心臓に大きな負荷がかかっていると考えられる。
※2 1心拍あたり心臓が送り出す血液量(駆出量)を心臓が拡張したときの左室容積で除した値。心臓のポンプとしての働きの指標。
当院でのTAVI施行後の有効大動脈弁弁口面積の推移

当院でのTAVI後の平均大動脈弁圧較差の推移

TAVIの合併症(200症例)
1. 30日以内死亡 0%
2. 弁輪破裂・大動脈解離 0%
3. 左室穿孔(ガイドワイヤーによる) 0.5% (1例)
4. 右室穿孔(ペースメーカーリードによる) 0.5% (1例)
5. 生体弁の追加留置(Valve in valve) 1.5% (3例)
6. 冠動脈閉塞 1%(2例)
7. 脳梗塞(有症候性) 2%(4例)
8. 穿刺部の血管損傷・血腫 2% (4例)
9. 完全房室ブロック→体内式ペースメーカー植え込み 6% (12例)
10. 生体弁感染 0.5%(1例)