医療法人 渓仁会手稲渓仁会病院不育症センター

コラム

ネオセルフ抗体と妊娠高血圧症候群、胎児発育不全

ネオセルフ抗体が、妊娠高血圧症候群(オッズ比2.7)、胎児発育不全(オッズ比2.7)など妊娠中の異常に関与することを世界で初めて証明しました(2023年6月 International Journal of Molecular Sciences)。
妊娠高血圧症候群、胎児発育不全の既往のある女性では、次の妊娠前にネオセルフ抗体を調べ、陽性であれば次の妊娠中に低用量アスピリンなどの抗凝固療法を行うことによって、これらの病気のリスクと出生児の後遺症を減らすことができる可能性があります。

ネオセルフ抗体と不妊症

新しい抗リン脂質抗体であるネオセルフ抗体が、不育症原因の2割を占めることを私たちは発見しました(2015年Blood、2020年Arthritis Rheumatol)が、不妊症の18%、反復着床不全の28%、子宮内膜症性不妊の29%にネオセルフ抗体が関与することをAMED研究で突きとめました(2022年8月 日産婦学会、2023年 J Reprod Immunol)。
抗体陽性不育症の治療には低用量アスピリンとヘパリンの抗凝固療法が有効ですが、抗体陽性の不妊症の体外受精にも抗凝固療法が効果的で、妊娠率が上がる成績をあげています(同年11月生殖医学会)。
レボルフ社と共同で抗β2GPI/HLA-DR抗体測定法を標準化しましたので、当院ではいつでも検査可能です。
札幌市不育症治療助成の対象となっております。(2022年11月)

原因不明不育症に免疫グロブリンが有効

4回以上流産を繰り返した原因不明の不育症に、妊娠初期免疫グロブリン大量療法が有効であることを、最も厳格な効果評価法のランダム化プラセボ対照比較試験によって、私たちは世界で初めて証明いたました(2022年6月THE LANCET Discovery Science, eClinical Medicine)。
妊娠4〜5週台に投与を開始すると特に効果が高く、プラセボの25%に比べ免疫グロブリンの生児獲得率は62%に上昇しました。
有効な治療法がなかった重症の不育症カップルが健康な子供を授かる機会が増えます。
当院では自費診療として免疫グロブリン大量療法がいつでも可能です。(2022年11月)

出生前診断(NIPT)の認定施設になりました

札幌市の手稲渓仁会病院は、「NIPTを実施する医療機関(基幹施設)」に認定され、2022年7月から臨床遺伝専門医・指導医による遺伝カウンセリングを行い、NIPT検査を実施できるようになりました。
費用は、NIPT 90,200円(税込)、カウンセリング料1回 5,500円(税込)で、陽性の時の確定的検査(羊水染色体診断)は無料で行っています。
出生前外来は予約制となっておりますので、事前にご連絡ください。(2022年11月)

新着情報

2023/7/3
妊娠高血圧症候群、胎児発育不全など妊娠中の異常に「ネオセルフ抗体」が関与することが証明されました
2023/6/7
新規自己抗体であるネオセルフ抗体が、不妊症のメカニズムに関与することが初めて証明されました
2022/7/14
第5回日本不育症学会学術集会ホームページができました。
2022/6/29
不育症に免疫グロブリン大量療法の効果が証明され、英国の医学雑誌に掲載されました。
2022/5/24
「第5回日本不育症学会学術集会」開催のご案内

不育症について

流産とは

ふつうの女性でも、妊娠反応がでた妊娠の10~15%が自然流産にいたります。妊娠初期の流産の大部分60~80%は、受精のときに偶然生じた胎児の染色体異常が原因となって起こります。そして、流産の頻度や染色体異常による流産の割合は、年齢が進むにつれて高くなります。

不育症とは

2回以上の流産や死産の経験があれば、不育症といいます。すでに子供がいる場合でも、2回以上の流産や死産の経験があれば不育症に含めます。流産や死産は、連続していなくてもよいです。特に、3回以上の流産の経験があれば習慣流産とよびますが、これも不育症の中に含まれます。

流産は妊娠初期がふつうなのですが、妊娠10週以降の流産や死産の経験が1度でもあれば、抗リン脂質抗体症候群という不育症の原因・リスク因子の中でもわりに頻度の高い病気を持っている可能性があり、特にその病気には有効な治療法があるため、不育症に準じて検査や治療を行うことをおすすめしています。

あきらかな異所性(子宮外)妊娠や全胞状奇胎、部分胞状奇胎などの絨毛性疾患は流産回数に含めないことになっています。

妊娠反応が陽性となったあとで、超音波で胎のう(赤ちゃんの袋)が子宮内に確認される前に流産となってしまう生化学的妊娠は、日本では流産には含めないことになっていますが、ヨーロッパでは流産の回数に含めて不育症を診断し治療をしています。実際には、たまたま超音波で胎のうを調べずに流産したケースもあり、妊娠5週以降の生化学的妊娠であれば、流産回数に含めて不育症と診断して良いでしょう。生化学的妊娠を繰り返すケースにも、不育症と同じような原因・リスク因子をもつ可能性がありますので、不育症に準じて検査や治療を行うことをおすすめしています。

不育症の頻度

日本では、2回以上の流産既往の頻度は4.2%、3回以上の流産既往は0.9%と報告され、日本には不育症の患者数は少なくとも30~50万人いるとされます。

不育症の原因や
リスク因子

不育症の原因・リスク因子には、ご夫婦の染色体異常に加えて、妻側の要因として、子宮形態異常、内分泌異常、凝固異常、母体の高齢年齢などがあります。私たちが最近の数年間に日常診療で経験した不育症の原因・リスク因子を円グラフに示します。

左側の青い部分は不育症のおよそ半数以上を占め、一般的には原因不明とされてしまっています。しかし実際には、ホルモン療法や抗凝固療法が有効であるケースも多いです。

図1. 円グラフ図1.
不育症の原因・リスク因子の頻度

主な原因やリスク因子は以下になります。

  • Factor 1子宮の形態異常

    中隔子宮などの先天的な子宮の形態異常がある場合には、流産や早産を繰り返すことがあります。そのようなケースでは、子宮鏡による手術が可能です。

  • Factor 2抗リン脂質
    抗体症候群

    抗リン脂質抗体とは、膠原病などの病気や不育症で見られる自己抗体です。この抗体により全身の血液が固まりやすくなって、動脈や静脈に血栓や塞栓症を引き起こすことがあります。胎盤に血栓が生じて胎盤の梗塞を起こし、また炎症を起こすことによって流産や死産が起こります。

    抗リン脂質抗体が陽性の妊婦さんには、血栓予防のために低用量アスピリンやヘパリンの治療をします。このヘパリンには、胎盤の周辺に血栓ができにくくする作用と炎症を抑える作用があります。

  • Factor 3夫婦の染色体異常

    妊娠初期の流産の大部分60~80%は、受精のときに偶然生じた胎児の染色体異常が原因ですが、流産を繰り返す不育症では、夫婦どちらかが均衡型転座などの染色体の構造異常をもっている可能性があります。均衡型転座の方は、健康に問題なく普通に生活できますが、卵子や精子ができる染色体が半分になる減数分裂の時に、染色体に過不足が生じることがあり、それは流産や不育症の原因になります。

  • Factor 4内分泌代謝異常

    甲状腺機能低下症、糖尿病などでは流産のリスクが高くなります。甲状腺自己抗体の影響などや、高血糖による胎児染色体異常の増加の関与が指摘されています。なお、これらの内分泌代謝疾患では、早産など産科異常のリスクが高いため、妊娠前から妊娠中にかけて、良好な状態を維持することが重要です。

  • Factor 5血液凝固異常や
    血栓性素因

    プロテインS低下症、プロテインC低下症、第XII因子低下症は、妊娠中の血栓形成のリスク因子であることが知られていますが、プロテインS低下症や第XII因子低下症では、不育症や胎児の発育不全、妊娠高血圧症候群を起こすことがあります。

    プロテインSとプロテインCは、凝固因子を不活性化させる作用により、血液の過凝固を防いでいます。プロテインSやプロテインCが減少すると血液凝固が起こりやすくなり、血栓や塞栓ができやすくなります。プロテインS低下症は、白人では0.03~0.13%の頻度ですが、日本人では1.6%と頻度が高く、日本人に多いのが特徴です。

    XII因子低下症と流産との関係については、第XII因子に対する自己抗体が存在して、この抗体が胎盤の発育に重要な上皮成長因子に反応することにより、流産を起こす可能性があるといわれています。

  • Factor 6環境と生活習慣

    年齢

    女性の年齢が35歳以上からは流産率が増加し、特に40歳以上では流産率が40~50%と急に増加します。男性の年齢と不育症との関連はありません。

    体重

    女性の肥満は流産のみならず、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病など産科異常にもつがるので、妊娠前に食事指導や生活指導を受けてください。

    喫煙と飲酒

    喫煙や過度のアルコール摂取では、子供を得ることが難しくなります。1週間に2~4回以上の飲酒は、流産を増加させる報告があります。そのため、禁煙し過度のアルコール摂取を控えるようにしましょう。

    カフェイン

    コーヒーを1日3杯以上で流産が増加するとの報告がありますので、過度のカフェイン摂取は控えるようにしましょう。緑茶にもカフェインが含まれます。玄米茶やほうじ茶の方が、カフェインはより少ないです。

不育症の検査

2回以上の流産や死産を繰り返したとき、また妊娠10週以降の流産や死産になってしまったときには、不育症の原因・リスク因子の検査をお勧めします。早めに原因や治療法がわかれば、それだけ早く子供を授かることができるからです。

まず、「不育症管理に関する提言2021」に基づいて、説明します。

  • 推奨検査臨床的エビデンスが十分にあるため、まず先に実施が推奨される検査。各国のガイドラインでも検査をすることが推奨されています。
  • 選択的検査不育症のリスク因子である可能性はありますが、エビデンスがまだ十分といえない検査。推奨検査に準じて行います。
  • 研究的検査不育症との関連性が示唆されていますが、リスク因子としてのエビデンスがまだ不十分であるとされる検査。
  • 非推奨検査不育症との関連性が示されておらず、現在、不育症には推奨されない検査。

推奨検査

推奨検査 1子宮形態検査

子宮形態検査としては、まずは通常の経腟超音波を用いて検査します。3D超音波は精度が高いのですが価格が高いため、どこの施設でも検査できる訳ではありません。必要に応じて、ソノヒステログラフィー、子宮卵管造影、MRIや子宮鏡により診断を行います。

不育症の原因となる可能性が指摘されている子宮形態異常には、生まれつき子宮の形に異常がある先天的なものと、子宮筋腫(特に粘膜下筋腫)や子宮腔癒着症など後天的なものがあります。このうち、不育症との因果関係がはっきりしているのは先天的な子宮形態異常です。

自分が生まれる前の胎生期に腹部両側に発生したミューラー管という子宮の原器が、出生までに中央で融合することにより、子宮は完成します。この過程に障害をきたすと先天的な子宮形態異常になります。子宮形態異常にはいろいろなタイプがありますが、中隔子宮、弓状子宮、双角子宮などがあります。特に不育症と関連が深いのが中隔子宮といわれています。

  • 子宮形態検査イメージ正常子宮
  • 子宮形態検査イメージ弓状子宮
  • 子宮形態検査イメージ中隔子宮
  • 子宮形態検査イメージ双角子宮

図2. 子宮形態異常の種類

推奨検査 2抗リン脂質抗体

抗リン脂質抗体症候群の診断基準では、抗カルジオリピンβ2グリコプロテインI(CLβ2GPI)複合体抗体、抗β2GPI IgG抗体、抗β2GPI IgM抗体、抗カルジオリピン(CL)IgG抗体、抗カルジオリピン(CL)IgG抗体、抗CL IgM抗体、ループスアンチコアグラントのいずれかが陽性で、12週間以上の間隔をあけて再検査しても陽性である場合と定められています。

陽性が持続した場合、抗リン脂質抗体症候群と診断され、陽性から陰性化したときには、偶発的な抗リン脂質抗体陽性と診断します。

推奨検査 3夫婦染色体検査

胎児染色体異常の多くは、異数性や倍数性の異常で受精の時に偶然起きます。ときに夫婦の染色体異常が原因で不育症になることがあり、均衡型相互転座やロバートソン転座がその代表です。受精卵の染色体に不均衡が生じて流産することがあります。

推奨検査 4内分泌代謝検査

甲状腺機能亢進症や低下症、糖尿病などでは流産や産科異常のリスクが高くなります。甲状腺機能は血中fT4、TSHなど、糖尿病は血糖値などの検査を行います。

甲状腺機能異常や糖尿病が見つかったときには、内科専門医に受診し、服薬や食事療法等の治療によって、できるだけ機能を良好な状態に戻した状態で妊娠することをお勧めします。その方が、出生児の先天異常、流産や産科異常のリスクが低くなるからです。

推奨検査 5流死産胎児の
絨毛染色体検査

流産の60~80%は胎児や胎芽の染色体異常によって起こります。不育症では、流産回数が増えるにつれて、流産における染色体異常の割合が減ります。これは、胎児側の異常によらない流産原因をもつ不育症の割合が高くなるからです。胎盤となる前の組織を絨毛とよび、胎児と同じ染色体をもつため、胎児の染色体検査は絨毛の培養によって行います。

令和3年4月1日から「流産検体を用いた染色体検査」が、先進医療Aとして実施できるようになりました。もちろん当院ではすでに先進医療Aの承認を受け実施しています。1回流産された方は、2回目流産のときから先進医療Aとして、絨毛染色体検査が可能です。2回目流産が、偶然の胎児染色体異常で起きたのか、または、何らかの不育症原因があって胎児染色体正常の流産が起きたのかがわかります。後者の場合には、不育症の原因・リスク因子の精査が一層推奨されます。

不育症の治療を受けていて、偶然、胎児染色体異常の流産になったときには、次の妊娠も同じ治療法で良いでしょう。でも、胎児染色体正常の流産であったなら、次回は治療法を変えてチャレンジした方が、成功する可能性が高いと考えます。

選択的検査

「不育症管理に関する提言2021」では、以下の検査を選択的検査としています。推奨検査に準じて行います。

選択的検査 1子宮形態検査

2D超音波やソノヒステログラフィー、子宮卵管造影などの1次検査で子宮形態異常が疑われた場合、特に中隔子宮と双角子宮の鑑別を要するときに、3D超音波やMRIの検査を行ないます。粘膜下筋腫を疑うときは、子宮鏡検査によって診断します。

選択的検査 2血栓性素因の検査

1)プロテインS

検査には、総プロテインS抗原量、遊離プロテインS抗原量、プロテインS活性、プロテインS比活性があります。

日本人のプロテインS低下症の頻度は約2%で、欧米人の約10倍です。プロテインS低下症では、妊娠高血圧症候群のリスクが高いことを私たちは論文で発表しました。また、プロテインSに対する自己抗体が、妊娠高血圧症候群や不育症に関係している可能性があります。AMED研究班のデータベース解析によりますと、プロテインS低下症では生児獲得率は、無治療群の20%に対して、低用量アスピリン群78.3%、低用量アスピリン+ヘパリン群90.9%で有意に高いことが分かっています。治療による効果が期待できます。

2)プロテインC

プロテインC低下症と流産との関連は明白ではありませんが、血栓症の既往があるときには検査をします。

3)第XII因子凝固活性

XII因子低下症が不育症や血栓症のリスクを高めるかの議論は、結論はでていません。ただし、前述のAMED研究班の解析では、第XII因子低下症では生児獲得率は、無治療群の27.3%に対して、低用量アスピリン群63.8%、低用量アスピリン+ヘパリン群70.8%で有意に高いことが分かっています。したがって、治療による効果が期待できます。

4)アンチトロンビン(AT)

先天性アンチトロンビン欠乏症と産科異常症との関連が示されています。血栓症の既往があるときには検査をします。

5)APTT

抗リン脂質抗体が存在するときに、APTTが延長することがあります。

選択的検査 3抗リン脂質抗体(保険収載なし)

1)抗PE抗体IgG、IgM

抗PE抗体と流産との関連についてはこれまで多くの報告があり、特に初期流産を繰り返すタイプの不育症では抗PE抗体を持つことが多いとされます。妊娠との関係として、私たちは抗PE抗体陽性の妊婦では、妊娠高血圧症候群のリスクが高いこと論文で発表しています。

2)抗PS/PT抗体

私たちは、妊娠14週以降の流死産の既往がある不育症では、抗PS/PT抗体の陽性が多いことを論文で発表しました。

選択的検査 4自己抗体

甲状腺疾患を疑う時には、推奨検査に加えて抗TPO抗体も測定します。また、膠原病を疑う時には抗核抗体を測定します。

研究的検査

不育症との関連性が示唆されていますが、リスク因子としてのエビデンスがまだ不十分であるとされる検査を研究的検査としています。

  • 抗リン脂質抗体
    • ネオ・セルフ抗体(抗β2GPI/HLA-DR抗体)
  • 免疫学的検査
    • 末梢血のNK細胞活性、NK細胞率、制御性T細胞
    • 子宮内膜のCD56bright NK細胞率、KIR陽性率、制御性T細胞

研究的検査 1ネオ・セルフ抗体(抗β2GPI/HLA-DR抗体)

ネオ・セルフ抗体とは、HLAクラスII分子がミスフォールド蛋白を抗原として提示して、自己抗体(ネオ・セルフ抗体)ができてしまう新しい免疫の病気が日本で発見されました(図3)。ネオ・セルフ抗体のうち、抗β2GPI/HLA-DR抗体は抗リン脂質抗体の一種で、私たちのAMED研究によって、不育症女性227人の23%がネオ・セルフ抗体陽性となり、これまで原因不明とされていた不育症の20%に陽性となることを明らかにし、不育症の新たな原因・リスク因子であることを世界で初めて発表しました(Arthritis Reumatol. 2020)。

図3図3. HLAクラスII分子による
新たな免疫疾患発症機構
Jiang et al. Int. Immunol. 2013; Jin et al. PNAS. 2014; Arase H. Adv. Immunol. 2016

しかも、図4にあるように、これまでの抗リン脂質抗体で調べるよりも、陽性者がより多くみつかるのが特徴です。ネオ・セルフ抗体陽性の不育症では、低用量アスピリンやヘパリン治療によって健康な子供をもつことが可能になると期待されています。これまでに、この治療法によって健康な出生児が多く生まれています。

図4図4. β2GPI/HLA-DR抗体と
抗リン脂質抗体との関係

2019年からのAMED研究班では、山田秀人が代表研究者となって、治療法や産科異常との関連性を調べる多施設共同前向き研究を行うことによって、ネオ・セルフ抗体の臨床上の有用性を証明します。

なお、ネオ・セルフ抗体は、「フライム β2GPI ネオセルフ抗体検査®」として、2021年1月からHuLA immune(株)ホームページ(https://www.hulaimmune.com/contact/)から、だれでも検査オーダーが可能となっています。

研究的検査 2免疫学的検査

私たちは、コホート研究によって、非妊娠時の末梢血NK細胞活性が高い不育症女性は、その後の妊娠が染色体正常流産となるリスクが高いことを発見し、論文で発表しています。しかし、ESHREのガイドラインを含めて諸外国では、現時点でこれらの検査の有用性を示すエビデンスは十分ではないとしています。

非推奨検査

不育症との関連のエビデンスが無いか極めて少なく、現在、不育症の検査としては推奨されない検査です。免疫学的検査として、夫婦HLA検査、混合リンパ球反応、ブロッキング抗体、抗HLA抗体、サイトカイン定量、サイトカイン遺伝子多型、Th1/Th2比は、推奨されません。

不育症の治療

不育症の治療は、表1にあるように見つかった原因に対して適切な治療法を行います。しかし、およそ半数以上は、これまでの通常の検査によっても原因・リスク因子がはっきりしません。このようなときには、テンダーラビングケア、カウンセリングなどを行い、研究的検査や治療法について相談を行っていきます。

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表1. 不育症の原因・リスク因子と治療法
原因 治療法
母体因子 子宮異常
  • 子宮形態異常(奇形)
  • 子宮腔癒着症
  • 子宮筋腫
  • 頸管無力症
  • 子宮形成
  • 癒着剥離
  • 筋腫核出
  • 頸管縫縮
内分泌代謝異常
  • 卵巣黄体機能不全
  • 甲状腺機能異常
  • 耐糖能異常
  • ホルモン療法 排卵誘発
    ドーパミン作動薬
  • 内科的治療
  • 内科的治療
感染症 梅毒 内膜炎 抗菌薬
自己免疫疾患 ヒドロキシクロロキン ステロイド
抗リン脂質抗体 アスピリン ヘパリン
凝固異常症 アスピリン ヘパリン
夫婦因子 染色体転座保因 遺伝性疾患 カウンセリング 着床前診断
母児因子 血液型不適合 血漿交換 胎児輸血
原因不明 2~3回流産 アスピリン 黄体ホルモン
テンダーラビングケア
4回流産以上 免疫グロブリン大量療法

治療法 1子宮形態異常

不育症の原因として、中隔子宮が見つかった症例には、治療の選択肢として子宮鏡下中隔切除術があります。これまでの厚労研究班の調査では、中隔子宮での手術療法は経過観察群に比べ妊娠成功率が高い傾向が示されています。しかし、手術後に妊娠率が低下したり、不妊となるケースも報告されていますので、メリットとデメリットについてよく相談しながら、治療法を選んでいきます。

治療法 2内分泌代謝異常

甲状腺機能亢進症や低下症では、機能が正常になってから妊娠をすることが一番大切で、妊娠中も治療を継続します。甲状腺機能亢進症は不育症だけではなく、先天異常、早産や妊娠高血圧症候群のリスク因子にもなります。明らかな甲状腺機能低下症では、レボチロキシンによって適切な治療する必要があります。

糖尿病も十分コントロールした上で、妊娠することが大切です。妊娠前から妊娠経過中、産後にわたり、血糖の管理や治療が必要になります。

治療法 3染色体異常

夫婦のどちらかに均衡型相互転座やロバートソン転座などの染色体異常が発見されたときは、まず十分に遺伝カウンセリングを行います。染色体異常のタイプによって、染色体正常の児を妊娠する確率や、着床前診断のメリット、デメリットを考えて今後の方針を決めることになります。

流産や不育症の原因と考えられる均衡型転座などの染色体構造異常がある場合、次の妊娠において流産を避ける目的で、着床前診断(着床前胚染色体構造検査:PGT-SR)を行う選択肢があります。当院は、すでに着床前診断の実施施設の認定を受けています。均衡型転座というタイプでは、最終的に60~80%が出産に至ることがわかっています。現在のところ、体外受精で着床前診断をすることによって、生児獲得率が上がるというデータはありません。

自然妊娠では、染色体転座保有者から0.4~2.9%というわずかな頻度ですが、先天異常を伴う不均衡型転座の児が生まれることがあります。着床前診断では不均衡型の胚を検出することができるので、流産を減らすことに加えて着床前診断のもう一つのメリットと考えられます。

治療法 4抗リン脂質抗体症候群

抗リン脂質抗体症候群では、低用量アスピリン+ヘパリンカルシウム併用療法を行います。低用量アスピリンは妊娠前からの投与がより効果的です。図5に管理と治療の指針を示します。

図5図5. 産科的抗リン脂質抗体症候群
の管理治療指針

治療法 5難治例に対する治療法

原因・リスク因子不明の難治性の不育症に対する、夫リンパ球免疫、低用量アスピリン、ヘパリン、プレドニゾロン30~50mg/日、プロゲステロン腟錠は、これまでのランダム化比較試験、そのシステマティックレビューやメタアナリシスによって、その有効性は否定されています。

ただし、内服薬と注射薬のプロゲステロン治療は、一部で有効性が報告されていますし、保険適用もありますので、不育症の治療として使うことが可能です。

ピシバニールは、日本でのみ治療の報告がありますが、有効性は証明されていません。タクロリムスは、不育症への有効性のエビデンスは無く、かつ重篤な副作用のリスクがあります。イントラリピッドも効果を示す報告はありません。これらの治療は、ランダム化比較試験による有効性の検証が必要です。

治療法 6妊娠初期
免疫グロブリン大量療法

山田らは1993年に世界で初めて、4回以上の流産歴のある難治例の不育症に対して、妊娠初期の免疫グロブリン大量療法(100g、5日間)を北海道大学で行いました。以降、2021年2月までに、4~14回の流産歴がある不育症女性の71妊娠に妊娠初期の免疫グロブリン大量療法を行い、52妊娠(73.2%)で元気な子供をもつことができました。胎児染色体異常のため流産となった妊娠を除いた58妊娠の生児獲得率は90.0%(52/58)にものぼります。

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表2. 原因不明の難治性習慣流産(4~14回流産)71人に対する
妊娠初期免疫グロブリン大量療法(100g)の成績
生産 52  早産 10/51 20%
31週子宮内胎児死亡 1  胎児発育不全 6/51 12%
自然流産
  • 染色体正常
  • 染色体異常
  • 核型不明
18 
  • 3
  • 13
  • 2
先天異常(口唇裂) 1
母体副作用
  • 発疹・発熱
  • D-dimer上昇
  • 8/70
  • 4/70
  • 11%
  • 6%
1993~2021年2月

素有効率:73%(52/71)
染色体異常流産を除いた有効率:90%(52/58)

不育症センター長の山田らの研究グループは、流産歴4回以上の原因不明の不育症(習慣流産)に対する妊娠初期の免疫グロブリン大量療法が、妊娠22週の妊娠継続および生児獲得の割合を上昇させ、治療として有効であることを世界で初めて証明しました。特に、妊娠4〜5週台に投与すると効果が高いこともわかりました。

図図 生理食塩水(プラセボ)に比べて免疫グロブリンの投与で
妊娠22週時点の妊娠継続率と生児獲得率が上昇

本研究では、日本全国14施設の共同研究として、二重盲検ランダム化プラセボ対照群間比較試験を実施し、原因不明かつ難治性の不育症に対する妊娠初期の静注免疫グロブリン大量療法の有効性を解析しました。これまで有効な治療法がなかった重症の不育症カップルにとっては朗報となる研究成果であり、免疫グロブリン大量療法によって健康な子供を授かる機会がさらに増えることが期待されます。この研究成果は、2022年6月29日に、英国の医学雑誌 THE LANCET Discovery Science, eClinical Medicine にオンライン掲載されました。 当院では自由診療として、妊娠初期の免疫グロブリン大量療法を行うことができます。

プロフィール

山田 秀人 医療法人渓仁会 手稲渓仁会病院 不育症センター センター長
兼 オンコロジーセンター
ゲノム医療センター長
山田 秀人(ヤマダ ヒデト)

  • 1984年北海道大学医学部卒業
  • 1987年神奈川県立がんセンター細胞遺伝研究部門研究員
  • 1989年北海道大学病院産婦人科 助手
    ノースカロライナ州NIEHS(NIH)Visiting Associate
  • 1992年米国マサチューセッツ州ハーバード医学校文部省在学研究員
  • 2000年北海道大学病院産婦人科 講師
  • 2003年北海道大学大学院医学研究科産科生殖医学分野 准教授
  • 2009年~2020年神戸大学大学院医学研究科産科婦人科学分野 教授
  • 2011年~2020年神戸大学医学部附属病院 総合周産期母子医療センター長
  • 2014年~2018年神戸大学医学部附属病院 副病院長
  • 2021年~医療法人渓仁会手稲渓仁会病院 不育症センター長 兼
    オンコロジーセンター ゲノム医療センター長
  • 2017年~日本産婦人科感染症学会理事長
  • 2019年~大阪大学招聘教授
  • 2022年~北海道大学客員教授

所属学会・役職

  • 日本産婦人科感染症学会理事長
  • 日本生殖免疫学会常任理事
  • 日本女性栄養・代謝学会理事
  • 日本不育症学会理事
  • 日本母性衛生学会理事
  • 日本生殖医学会代議員
  • 日本周産期新生児医学会評議員
  • 日本妊娠高血圧学会代議員
  • 日本糖尿病・妊娠学会評議員
  • 遺伝カウンセリング学会評議員
  • 日本母体胎児医学会
  • 新胎児医学研究会
  • 日本産科婦人科学会周産期における感染に関わる小委員会委員長

専門医

  • 日本産科婦人科学会産婦人科専門医・指導医
  • 日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医・指導医
  • 日本生殖医学会生殖医療専門医
  • 日本不育症認定医

受賞歴

1990年日本産科婦人科学会学術奨励賞受賞

専門

周産期医学、母子感染、不育症、抗リン脂質抗体、合併症妊娠、出生前診断、胎児治療、生殖医学