TRONとは何か?
1984年に東京大学理学部助手(当時32歳)の坂村健氏によって、東京で開催された「マイクロコンピュータ応用国際会議」の場でTRON構想が発表されました。そして、そこに集う人々によりTRONプロジェクトが開始されました。その後の坂村健氏は東京大学教授となり、今は東洋大学教授・情報連携学部長です。TRON構想発表の2年前、1982年にはディズニー映画の「TRON」が封切になっていました。コンピュータのメモリの中にデジタル化された人間が入っていくというストーリーは斬新でした。私が好きな映画のひとつです。TRON構想発表の前ということになりますが、坂村健氏も確かに映画「TRON」を観ているようです。プロジェクト名を映画から採ったのか?という質問に対して、「そうでもないし、そうでもある・・・」と答えたことがあるそうです。また2004年3月11日の朝日新聞には、当時公開中の映画「イノセンス」についての論評が載っています。「イノセンス」は押井守監督による映画版の攻殻機動隊の第2弾です。新聞には「国産OS(基本ソフト)トロンの開発者で、SFにも造詣が深い坂村健東大教授に評してもらった」とあります。TRONは多漢字・多言語システムであり、文字を全部で31枚の面(スクリプト)で管理しています。この第9面のBゾーンには、森岡浩之氏のSF小説「星界の紋章」で使われるアーヴ語の文字「アース」のコードが割り当てられています。アーヴ語はヤマト語族トヨアシハラ語派に属する言語だそうで、発音とか文法も設定されています。「アース」とはアーヴ語で「文字」の意味で、もちろん架空の文字です。この「アース」のフォントは創作者の好意により無償利用が可能とされ「超漢字」に付属しています。ユーザーは別途インストールする必要がありますが、そもそも文字コードが割り当てられている時点で、TRON構想の遊び心が感じられます。ついでに書いておくと、トロン・コードは面(スクリプト)を切り替えて使っています。全部で31面あると書きました。各々の面には48,400個の符号点があるので、TRONで利用可能な文字数は31×48,400 = 1,500,400文字です。このうち今のところ9面だけが使われており、約18万文字が使えます。

アーヴ言語の文字


トロン・コードの面(スクリプト)の概要


TRONプロジェクトは「The Realtime Operating System Nucleus(非常に速い応答速度を持つコンピュータの中核)」の略です。応答時間が限りなく短いリアルタイム性を追求したということです。大きく分けて、ITRON(産業用:組み込み用)、CTRON(サーバー用)、BTRON(汎用OSなどのビジネス用)、MTRON(分散コンピューティング用)がありました。偶然かどうか知りませんが、4つで「ICBM(大陸間弾道ミサイルの略)」となります。映画「TRON」の方は、コンピュータ内部の異常を探索するプログラム(トロン)が主人公でしたから、TRace-On(トレース・オン)というコンピュータ・コマンドが語源だと思います。例えば入門用コンピュータ言語であるBASICのデバッグを始めるコマンドは「TRON」で、これを解除するのが「TROFF」でした。

1986年7月に旧通産省と旧文部省が共管の財団法人コンピュータ教育開発センター(CEC)が設立されました。1989年3月には、このCECによって教育現場へのBTRONの導入決定(内定)がなされました。1989年は平成元年です。インターネット・プロバイダ・サービスが始まったのはこの頃です。BTRONは特定の製品を示す訳ではありませんが、純国産のパーソナル・コンピュータのOS(基本ソフト:オペレーティング・システム)の仕様として小中学校の教育用パソコンの標準OSになるところでした。松下電産(現パナソニック)を始め日本の企業が協力したのは言うまでもありません。BTRONは仕様やソースコードを全て無償公開するオープン・アーキテクチャでした。おまけに使用者が独自に改変しても構わないという自由度の高いものでした。ところがここに1989年4月、アメリカ合衆国通商代表部 (USTR)が介入してきました。パパ・ブッシュ政権の時に「スーパー301条」が発動されました。この「スーパー301条」とは通称です。元になった1974年の通商法第301条は、貿易相手国の不公正な取引慣行に対して当該国と協議することを義務づけ、問題が解決しない場合の制裁について定めたものでした。米国はこの「第301条」を強化するために、1988年の包括通商競争力法第1302(a)により「第310条」として以下のことを追加しました。この「第310条」は、1974年の第301条の強化版であるため、「スーパー301条」と呼ばれたと思われます。その要件は (1)不公正な貿易慣行、過剰な関税障壁を有する国をUSTR(アメリカ合衆国通商代表部)が特定し、撤廃を求めて交渉する。(2)それでも改められない場合には、その国からの輸入品に対する関税を引き上げるなどの報復措置をとる・・・というものです。当時、輸出入が特に不均衡だった日本をメイン・ターゲットとして定められた条項のようです。この追加されたばかりの条項により、日本に対して「TRONは自国のOSを優遇する貿易障壁である」と言ってきたのです。具体的には1989年4月にUSTRが発表した「外国の貿易障壁に関する年次報告書(NTEレポート)」において、スーパーコンピュータ、日本の人工衛星、林産物、ブラジルの輸入数量制限、インドの保険および対内投資に加えてTRONが候補リストに上がったということです。この中でTRONだけは名指しです。TRON構想は全てが無償かつオープンであり、その時はコンピュータの巨人であるIBM社もTRONパソコンを試作していました。日本政府からの資金援助も受けていません。ですから貿易とは何の関係もありませんが、米国としては当時のMS-DOSに大きな影響が出ると考えた可能性があります。TRON自体には何ら責任がないので5月にトロン協会はUSTRに抗議文を送りました。その事もあってかTRONは1989年の貿易障壁リストから外れましたが、翌1990年の年次報告書でも他の35項目とは別に、またもやリストに入れられました。これに日本の企業は完全にビビったようです。マスコミの偏向的とも言える報道も関係したようですし、この機会にTRONを潰そうと暗躍する人もいたようです。以後のBTRONプロジェクトは腰砕けで先細りになっていきました。結局、教育用コンピュータには「特定のOSを規定しない」ということになり、事実上MS-DOSが使われるようになりました。NECのPC-9801もMS-DOSに移行する前は独自路線のものが使われていたかもしれません。

このような状況で思い悩んでいた1990年の秋に坂村健氏は段差に躓いて転倒し、右足首を粉砕骨折しました。関節を巻き込む骨折は難治であり全治10ヶ月の重傷だったようです。「 勝者たちの羅針盤(プロジェクトX挑戦者たち) 2003/7/26」には、この時の様子が、「ショックでした。私の不注意だったんですけれど。ちょっとストレスもたまっていたし、いろいろ心労もあったからだとは思うんですけれど、たまたま運悪くそういういろんなことが起こっているときに。これはもうちょっと、やる気が出なくなるというかね、これはもうダメだなという・・・・・・うーん、最悪でした」と書かれています。TRONにおいてイネーブル・ウェアの概念が重要視されるようになったのも、このような坂村氏の体験が元になっているようです。

これら米国の対応は、今の華為技術はずしの構図に似ているような気がしないでもありません。これとは直接の関係はありませんが、TRON構想発表の翌年の1985年8月12日には日航ジャンボ機墜落事故がありました。御巣鷹(通称)の尾根に墜落した旅客機には歌手の坂本九さん以外にも、TRONプロジェクトに集ってきた人が搭乗していました。大阪大学基礎工学部の教授も乗っていました。脳の可塑性の研究では重要人物です。あの事故では大切な頭脳が失われていました。

BTRONは先細り・・・と書きましたが、TRONプロジェクト全体が消滅した訳ではありません。ITRONはプログラムのコンパクトさ、リアルタイム性、オープン・アーキテクチャということもあってiモード対応の携帯電話(ガラパゴス携帯:ガラケー)に使われたり、日本の家電製品・事務機器とか小規模な制御用として黒子の役割を果たしました。トヨタのエンジン制御システムにも採用されました。その他にカーナビやデジカメなど多くの機器に組み込まれました。このような家電製品や事務機器と言っても、小さなコンピュータには違いありません。それを制御するOSですから、実は世界で最も使われるOSになっていったということです。最近では、小惑星探査機「はやぶさ・はやぶさ2」やH2Aロケットに使われていますし、ニンテンドー・スイッチ(ゲーム機)のコントローラーにも使われています。TRONプロジェクト全体として、呼び名は変わっていきましたが「ユビキタス」の方向に進んでいます。今で言う「IoT (Internet of Things:物のインターネット)」と言うことですが、まさしく坂村健氏が初めから「どこでもコンピュータ」と言っていたことです。さらに2017年にはTRONの発展形であるμT-Kernel 2.0(組み込み向けリアルタイムOS)の著作権がIEEE(米電機電子学会)に譲渡されたことで、2018年にはIEEEによって標準化されるIoT用の組み込み型OSの国際標準規格となりました。実のところはIEEEに譲渡しなくても、すでにITRON (組み込み型TRON)はデファクト・スタンダード(事実上の標準)になっていたのですが、IEEEからの著作権譲渡の話があたったため無償で提供したものです。ビル・ゲイツ氏がMS-DOSやWindowsというOSを有償で配布(販売)して巨万の富を得たのとは対照的です。これは利用者を広げるための苦肉の戦略でも何でもなく、TRON構想が出来た時からの基本方針でした。坂村健氏としては、OS(基本ソフト)は「空気や水のようなもの」という考えで一貫しています。現在、旧称ITRONは数多くの機器に組み込まれていますが、TRONはそれを声高に主張せずに黒子に徹しているため広く知られていないだけです。

(補足1)
トロン協会が1989年にUSTRに送った直訴状には「トロン憲章」も同封されていました。
(1)トロンは坂村健博士により提唱されたコンピュータのオープンアーキテクチャであり、トロン仕様書は、全世界の誰にでも公開する。
(2)トロン仕様書の著作権は、トロン協会に帰属する。トロン仕様書に準拠する製品化のために、誰でもトロン仕様書を利用することができる。
(3)トロン仕様書の作成、仕様適合性の検証、その他トロン・プロジェクトの推進に関する中核機関として、トロン協会が設立されている。トロン・プロジェクトの目的に賛同し、所定の規約に従うものは、世界中の誰でもトロン協会の会員になることができる。

(補足2)
エンジン制御システムの基本ソフトにTRONを搭載した世界初の自動車は、1999年(平成11年)5月発売のトヨタ「プラド」でした。米国によりTRONが不公正貿易障壁であると難癖を付けられた1989年から10年後のことです。

センター長 | No.45 札幌西円山病院リハビリテーションセンター   2020/08/16(Sun) 22:17:46
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