診療室便り
「家庭医」2010年6月
今年は例年に比べ季節が足踏みしたかの印象もありましたが、ようやく心地よい日が続くようになりました。北海道の6月は、気候もよく、木々の緑もまだやわらかいながらも内に秘めた命の躍動を感じさせられ、いろいろな意味で一番好きな季節です。
先週、偶然テレビをつけるとNHKニュースウォッチ9で「家庭医」が取り上げられていました。都内の大学病院で糖尿病専門医の診療を受けていたインスリン治療中の高齢男性が、認知症の発症を機に「うちでは診れない」と言われ、ご家族と共に困り果てている事例と、家庭医の第一人者である山田隆司医師が紹介されていました。いずれも象徴的でした。
ご存知の通り、日本は世界一の長寿を誇る医療先進国です。発達した専門医療と公的保険、そして国際的に極めて珍しいことながらだれでも専門医による診療を直接に受けることができる開かれた医療により、WHOにより世界一の医療制度とランク付けされています。その一方で、実際には身体も実生活も多数の要因が複雑に絡み合って成り立っており、縦割りでの対処には限界が生じてしまいます。
当院は、日本での医療に飽き足らず米国で家庭医専門医を取得し研鑽を積んできた小嶋・星両医師と、日本の医療を知り尽くした亀井医師と、全国的にみても充実したスタッフ陣の下に、医師5-7年目の若手を中心に全国から集い、昨年10月末に開院しました。近い将来、全国に手稲の実践が発信され、当院で経験を深めた医師が全国に家庭医療を広める拠点になっていくものと信じています。
家庭医の基本姿勢は、語弊を恐れず私見を述べると、「生きる」、すなわち万人に必ず訪れる死までの時間をその人らしくより充実して過ごす、そのお手伝いをするプロフェッショナルとしての「あなた」の主治医を目指すことだと考えています。
心と体の問題、ご本人を取り巻く環境の問題、利用できる各種制度の問題等、生きる上で縁の切れない様々な問題について解決の道筋をつけることを目標とすると言っても、一人の医師が全てカバーすることは不可能です。最良の結果を出せるよう、医師個人の知識と技術の拡充に努めることはもちろんですが、医療・福祉・行政その他の各分野の専門家との適切な連携を図ることが不可欠となります。
また、そのとき困っていることだけではなく、将来困るであろうこともまた同等かそれ以上に大切になこととなります。積極的に、早期介入、予防、啓蒙、教育といったことを個人レベル、家族レベル、地域レベルで行っていくことも大切だと考えています。ときに口うるさく感じられることもあるかと思いますが、悪しからずご了承下さい。私の拙い表現を補うため、日本家庭医療学会設立趣旨を末尾に引用しましたので、ご参考にして下さい。
医師個人としても、診療所としても、ひたすら終わりのないチャレンジを選んだこととなります。
医師としての個人的視点からばかり書いてきましたが、当院では看護師、事務職員の区別なく、カバーすべき範囲が際限なく広く、また新しい試みであるが故に前例に倣うことも難しく、損得勘定ではとても割り切れない仕事で、苦労も絶えない半年間だったはずです。
志を持った素晴らしい同僚に恵まれ一緒に働かせて頂いていることを光栄に思います。
今月より診療担当医師の持ち回りにて診療室便りを発行して参ります。
来月以降もお楽しみに。
(清水平)
特定非営利活動法人 日本家庭医療学会 設立趣旨書
現代の医療は、その著しい進歩の一方で、専門細分化、身体面の偏重、研究の重視、営利主義などのために、医療において本来実現しなければならない大切なものを失いつつあります。
病んだ一人の人間を、その人の家庭を、そしてその背後にある地域を一個のまとまりのあるものとして取り扱うことが軽視されつつあります。
人間と家庭と地域とを統一体としてとらえる医療を求めて、私たちは次のような特徴を持った医療の実現と、それを実践する家庭医の養成をめざしています。
- 家庭に特に重点をおく。
- 対象とする人の年齢、性を限らない。
- 臓器や原因や治療法を限らない。
- 予防、治療、リハビリを含めたあらゆる健康問題に対処する。
- ありふれた病気、症状、訴えを主な対象とする。
- 人の精神心理面を始めとした幅広い人間理解、その人と家庭や職場や地域との連関を重視する。
- 対象者の生涯にわたる継続性、健康時と病時を通じての継続性、医療のあらゆる段階での継続性を重視する。
- 他の家庭医、専門医や健康問題に係わるあらゆる職種との連携と調整、地方の方々との協同を重視する。
- 地理的、時間的、精神的、経済的に最も身近である。
- 患者の主体性、自発性、承認性を重視する。
- 医療提供側の責任性を明確にする。
- 患者の弁護者として行動する。

