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イニシャル:Y.S
所属:訪問看護ステーション円山

 訪問リハビリをするようになって10年目になりました。きっかけは自分の担当患者様が退院することになりましたが、通院困難なためご自宅でのリハビリを希望してくださったからです。訪問をはじめて何回目かの時、やはりその方のところに通っている看護師さんから「自宅療養をしている方でどんな運動をしたら良いか1度訪問してアドバイスしてもらえない?」といわれ看護師さんに同行するようになりました。保健師さんやヘルパーさんなどの紹介もあり定期的なリハビリを必要とする方が一人また一人と増えどんどん外勤している時間が長くなり、いつの間にか渓仁会グループの訪問リハビリの専従第1号になっていました。
 
10年ひと昔という言葉がありますが、この間介護保険法施行をはじめご利用者様や私たちリハビリスタッフを取り巻く環境も変化してきました。訪問リハビリを始めた頃、リハビリスタッフは自分ひとりなので在宅のことについて訪問の先輩である看護師さん、ヘルパーさん、往診をされている医師からいろいろ教えていただき、他病院の訪問リハビリスタッフと意見交換をしたりこれからの訪問リハビリについて語り合うこともありました。今では渓仁会グループの訪問リハビリスタッフだけで研修会が開けるほど人数も増え、様々な個性のスタッフにより多種多様なリハビリアプローチが展開されるようになりました。
 今年度は介護保険改訂に伴い私を取り巻く環境も変化しそうです。どう変わるのかはいずれホームページでお知らせできるかもしれません。訪問リハビリを始めた頃もそれ以前からもそしてこれからも私たちが行なっているリハビリアプローチが適切か足りない事があるのかはご利用者様の表情や動き、言葉そしてその方の生活そのものが教えてくれることには変わりありません。これからの
10年はご利用者様が「最高に満足」していただける訪問リハビリをいっそう求めていく時期になるのでしょうか。


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イニシャル:R.U
所属:訪問看護ステーション円山

訪問リハビリの仕事をするようになって約10ヶ月が経ちます。数年前から訪問リハビリに興味を持ち始めていたので、今この仕事に携わることができてとても幸せです。
 これまで私は、病院に入院している患者さんのリハビリに携わってきました。自分が担当していた患者さんが、病院から退院した後にどのような生活を送っているのか、期待していた自分らしい生活が送られているのか、いつも気になっていました。自分が担当していた患者さんが退院した後、数ヵ月後にまた再入院となった時は、家でどのように生活していたのか知りたいと思いました。そして再入院となることを防げなかっただろうかと考えました。自分の作業療法士としての患者さんへの関わり方はよかったのか、退院後の生活に病院で行ったリハビリは活きているのかを知りたいと思っていました。
 訪問リハビリの仕事をして感じることは、やはり“自分の家が一番”ということです(まれに例外はあると思います)。みなさん毎日、特別何をするわけでなくても、住み慣れたこれまでの生活の歴史がにじみ出ている自分の家で生活しているというのは、その人らしさが出ていて自然でとても素敵です。本人が望むような生活が続けられるよう又、介護が必要な方は介護者の負担ができるだけかからずに家族みんなが幸せに生活できるよう手助けできたらと思います。まだまだ力不足なので頑張ります。


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イニシャル:K.M
所属:訪問看護ステーション円山

 病院、デイケアなどのリハビリに従事して今年で10年目。訪問に来てからは約1年になります。在宅では、思いもつかないような様々な工夫で生活している方も多く、初めの頃は感心するばかり。今ではその人らしさが垣間見えたり、リハビリが実際の生活に役立っていくことが楽しいと思う反面、家で暮らし続けるために必要なことを提供していくという責任を強く感じるようになりました。 
 
訪問では車に乗っている時間が長く、夏は紫外線(車の窓が右側なので体の右半分だけ日に焼けます)、冬は寒さと雪(腹巻が無いとお腹をこわす、渋滞で帰れない、車が埋まる、雪かきでお腹がへる)に悩まされます。しかし、利用者の皆さんとお話をしたり、優しい言葉をかけて頂くことで、また頑張るぞと雑草のように復活する日々です。


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イニシャル:D.N
所属:訪問看護ステーション円山

 北海道の特有とも言える長い冬がようやく終わろうとしている。
訪問看護ステーションから在宅の利用者様へ訪問すること三年、今年の冬も色々あった。すべって転ぶ、車が埋まる、吹雪で渋滞となり訪問先へ「遅れます」と連絡したこともしばしば。最近になりやっと雪解けが進み、春をところどころで感じられるようになってきた。とても心地がよい。
 利用者様の多くも春を心待ちにしており、「今年の桜はきれいかな?」との話題に花が咲く。北海道の冬は寒く雪が降るため、他の季節と比べて活動が制限されることが多い。体調を崩す危険性も高く、障害を抱えた方は特に影響を受けやすい。私が訪問させて頂いている利用者様は高齢者の方がほとんどであり、少しの兆候を見逃すと次の訪問では生活が一変していることも少なくない。私は作業療法士として、利用者様と生活を考えるパートナーとなり一緒に危機を乗り越え、よりよい生活を目指せるように、活動を通して関わりを行っている。訪問の回数は週一回がほとんどであるが、揺らいでいた生活が、利用者様がより良いと感じてくれる生活へと変化したことを利用者様と共に感じることができると、とてもうれしく、作業療法士をやっていて良かったと感じる瞬間である。
 うまくいくときばかりではなく、失敗も数々ある。利用者様との関わりをうまく取ることができず、変化を捉えられないまま漫然と行ってしまうことも。次に訪問したときに利用者様の状態が不安定になっていたときには帰りの車でうなだれることもしばしば。
 4月に入り、利用者様と何気なく桜の話をしているが、春の話題を一緒に笑顔でできることは、厳しい冬を共に無事に乗り切ることができたことでもあり、私の中でほっとする瞬間である。
 また来年も利用者様と笑顔で桜の話ができるように、と思いながら今日も車を走らせている。


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イニシャル:C.S
所属:訪問看護ステーション本郷

 私は小さい頃から、いわゆる「おじいちゃん子、おばあちゃん子」で育ってきました。祖父は肺を患っており、在宅酸素療法(自宅でも酸素を吸入できる機械を使うことです)を受けながら、亡くなる一週間前まで家で過ごしていました。この仕事を選んだのも、入退院の多かった祖父と私達家族にいつも優しく接してくれた医療職へのあこがれからでした。
 ターミナルケアという言葉が世間一般にも広く知られるようになっていますが、私自身も訪問リハの業務に携わるようになったこの二年間で、自分が予想していたよりも多くの、末期癌や超高齢者の利用者様、そしてそのご家族に出会いました。
 臨床経験の浅い私は、文献等を手掛かりに、訪問リハビリとして何が出来るのかを模索する毎日ですが、ターミナルケアにおけるリハビリに関しては、どんなに探しても「こうすればいい、こうすれば間違えはない」という明確な答えはなく、途方に暮れてしまいます。それでも、利用者様の和らいだ表情やご家族の安心した様子を見ることが出来た時は、何となく答えを教えてもらった気がして、ありがたい気持ちでいっぱいになります。
 サービス資源の不足や制度的な制限など、在宅の利用者様を取り巻く環境は決して十分なものではないということも、訪問に出てから日々感じさせられることのひとつです。そんな状況の中で、訪問リハビリを選んでもらえたことに、うれしさと強い責任を感じながら、今日もめいっぱいの笑顔で玄関に立っていたいと思う毎日です。


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イニシャル:A.K
所属:訪問看護ステーション本郷

 退院後のリハビリの受け入れ先の少なさを感じ、訪問リハビリに関わるようになってから、もうすぐ4年目になる。実際の訪問先では、退院直後から引き継いでリハビリ訪問開始するというよりは、「だんだん動けなくなってきたから…」等という理由での依頼も多い。
 すでにそれぞれの生活が構築されており、その生活の中でリハビリの専門職としていかに自然に介入していけるかがとても重要で、在宅でのリハビリならではの難しさを感じる。
 それぞれの生活リズムや考え方などを早期に把握し、『その人らしい生活』をイメージしながら関わっていくように心がけているが、「〜をやってみたらできた 〜するようにしてみたの リハビリの時間までに〜を済ませた」等と訪問時間外での生活が良い方向に変わってきた時に、訪問していた甲斐があったなぁ〜と実感する。
 ご自宅へ訪問している為、昔の写真や本を見せて頂く機会も多く、何気ない会話から仕事に対する考え方や家族への想い、料理や掃除の仕方etc 色々なことを教えてもらう事も多く、私にとっては非常に貴重な時間だ。人生経験がはるかに豊富な方の言葉はセラピストとご利用者様という関係を忘れて、素直に受け入れられることも、生活の中で関わっているからこそのものだと思う。
 色々な方の生き方や言葉を参考にしながら、”自分もカッコよく年をとりたいものだ…”と最近、よく考える。


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イニシャル:T.K
所属:はまなす訪問看護ステーション 理学療法士

「いつも来てくれてありがとう。また来てね。」
様々な利用者様のお宅を訪問すると、中にはこんな事を言ってくれる方もいる。しかし私たちが一方的にありがとうと言われていていいのだろうか?
私たちが訪問するということは、指示書を頂いて、利用契約を結んで、診療報酬を頂く、「ビジネス」である。お宅に訪問したらどうだろうか?ビジネスで訪問しているはずが、何だかとっても懐かしい気分になる事がある。暖かいストーブ、テーブルの上のみかん、毛糸の靴下の編みかけ…… 昔のおばちゃんの家に来たような気分になる。とっても心が和む、「癒される」。利用者様のペースに私たちが入っていく、院内の仕事では味わえない、この感覚がとっても好きだ。車の雪かきが大変でも、道路が渋滞していても、仕事がうまくいかなくても、利用者様に「癒され」て、また頑張れる。「こちらこそありがとう。」を忘れずに頑張りたい。


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イニシャル:M.S
所属:はまなす訪問看護ステーション 作業療法士

「先生がくるといつも元気でハキハキしてるから家の中が明るくなっていいわ〜」「いつもいろんなこと話してくれるから楽しいわ」などと、時々、患者様からありがたい言葉をいただくことがあります。

…私はいつからこんなに人と話せるようになったんだろう〜、ふと思いました。
子供の頃の私は、引っ込み思案で、クラスでも本ばかり読んでいて、仲のよい友達以外とはそんなに話もしないようなおとなしい子供だったはず…。「答えがわかっていても手を上げない」、「消極的」、などという言葉がいつも通知表に書かれていたような気がします。
 そんな私がいつのまにかOTになり、新人の頃は、当然のことながら毎日緊張しっぱなしでした。いろいろ言葉を考えながら話したり、どんな風に関わればいいのかなぁ〜なんて心の中ではものすごくグルグル考えていたものでした。
 でも、学生時代、授業の中である先生がおっしゃっていた言葉がいつも頭の中にありました。
「患者さんにとってOTOT。新人もベテランも関係ない。新人だから…というのはスタッフ間でしか通用しないこと。病気や障害で困っている患者さんの前でさらに不安にさせるようなことはしてはならない。」心の中ではどんなにドキドキしていても、笑顔で落ち着いて行動することをいつも心掛けていました。
 OTになってから早いもので9年が過ぎようとしています。仕事にも慣れ(まだまだ勉強不足ですが) 、患者様との会話も心から楽しいと思えるようになり、自然に言葉だけでなく笑顔も出るようになってきました。時には大声で笑い、動きが止まってしまうことも…。
 
 しかし、訪問に携わるようになったのは、実はつい最近です。患者様のご自宅へ伺うということ自体、慣れた院内での訓練とはまた少し違って、これがまた緊張するのです。慣れた環境で過ごすということは、やはり人間にとって重要なことなのだなと、改めて実感しました。
 今は、不慣れな環境に緊張しつつも、あれをやったらどうかな、これはどうだろう、といろいろ試行錯誤し、患者様やご家族と会話を楽しみながらの毎日です。


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イニシャル:F.T
所属:はまなす訪問看護ステーション 理学療法士

 内緒で告白します。
@私は昔パーキンソン病の祖母にイライラして意地悪をしてました。なので、御家族の気持ちもわかります。よくも悪くも他人だから冷静でいられます。
A相手のおうちに上がりこみ、時には心にも土足ではいり、間食チェックにこっそりゴミ箱を覗きます。よく考えると嫌なことしてます。
Bはっきりいうと営業スマイルが得意です。
C人にはリハビリを続けろといいながら、自分はダイエットに成功したことがありません。
D人に頼られるとがんばっちゃうので相手に同じことをします。
E人に元気をもらうと気分がいいので、人にもあげてみます。でも、もったいないので皆様の経験豊富な知恵をいただいていきます。
F非協力的なご主人にお会いした日は、うちに帰って自分の旦那に優しくしてます。
Gどうか自分が介護を受けるときこんな人(自分)が担当になりませんように…と祈るときがあります

なんだかんだ言いながら、いつも利用者様には1本とられて帰ってきます。体力!知力!!日々精進!!!まだまだ続きます!


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イニシャル:A.K
所属:はまなす訪問看護ステーション

訪問リハビリに私が携わるようになり、一年弱が経過しました。

元々、病院入院患者様しか担当していなかった私にとって、訪問リハビリへの私の興味はごく薄く、大きく関心を持ったことはありませんでした。しかし、機会あって訪問リハビリに携わることとなり、いつのまにかのめり込んでいる私がいました。

病院で勤務していては理解できない、人が「暮らす」ということ。実際に毎日自分が生活しているのに見えていなかった「暮らす」。人は起きて、着替えて、食べて、時々トイレに行き、また寝るというサイクルで生活しているのではなく、外を見て天気から一日の予定を立てたり、年賀状から昔を懐かしんだり、テレビで最近の不祥事を怒ったりと、種々の感情を抱きつつ生活している。
たしかに、生活する上でベッドの寝起き、歩行、トイレ動作等が心身の状態により困難となっている場合、何らかの対応が必要であり、リハビリにより機能向上を目指すことは重要なことである。運動をして筋力をつけ、体力をあげて歩けるようになることはすばらしいことである。
ただ、「暮らす」ということはもっとその先にあり、それぞれの生活スタイルや環境が異なる限り、非常に多様性を持つものである。リハビリをする利用者様は一日中リハビリをしているのではなく、一日のほとんどを他の時間に当てている。

これは当たり前のことだが、実は自分が忘れていたことである。「毎日リハビリをしていても、それ以外はほぼ寝ている。」「家ではリハビリを一人でやらなくてはいけないから楽しくない。」利用者様に言われて、何て落胆したことか。
訪問リハビリに携わるようになり、自分の浅はかさを知り、もっと利用者様のために勉強しなくてはと思う今日この頃でした・・・。



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イニシャル:K.M
所属:はまなす訪問看護ステーション

私が理学療法士になったきっかけは一冊の漫画だった。母が大切にしていたので相当古い漫画だと思う。主人公の父親が理学療法士だった。今でこそ世の中に知られてきている職業だが、当時の私には新鮮な職業だった。単純な私はここで自分の進路を決めてしまった。学校に入ってからは当たり前だが学ぶことが多く、それまでに足を踏み入れたことのない世界に、自分には向いていない職業じゃないか?と何度もやめてしまおうと思っていた。そんなある日、先生が教壇の上でこんな言葉を言っていた。「よく自分にはこの仕事が向いていない…と言って悩んでいる人がいる。しかし、世の中には色々な患者さんがいるのだ。だから色々な理学療法士、作業療法士がいたっていいのではないか?」と。この言葉のおかげで私は理学療法士になれた。今でも決して自分に向いているとは思えないが、なんだかんだ言ってずいぶん続いている。おそらくこれからも続いていくのだろうと思う。

漫画の理学療法士のモデルが私の習った先生だという噂がある。真実であるのかどうかは分からないが、今の私はこの漫画とこの先生のおかげであると思う。

人生は面白いところでつながっているな〜と思いながら、今日も車を走らせている。



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イニシャル:S.Y
所属:はまなす訪問看護ステーション

そもそも、リハビリテーションってなんだろう?

教科書的には「再び、得る」「社会や家庭生活への復帰」「第3の医療」・・・
小児や発達の分野では「療育」「社会適応」「自立」・・・
消耗性疾患では「末期医療」「QOLの向上」「緩和ケア」・・・

様々なキーワードが飛び交っている。
最近では数年前にも増して、この分野でも予防医学の必要が叫ばれてきている。また病院医療から、訪問医療へ、ウェイトがシフトしてきている現状がある。色々な側面があり、場面場面で、或いは対象者によって「考え方」「アプローチ」「ゴール」が変化しうる、リハビリテーションとは形が在るような、無いようなものであると感じる。

以前、リハビリの養成学校の授業で「リハビリテーション医学」というものを受けたが、その内容の1つは、今でも自分のリハビリテーションの基本概念として中核を成している。

リハビリテーションとは、

@疾病や障害を軽減・改善するもの

A疾病や障害と共存し、症状・状態を維持するもの

B疾病や障害の進行や悪化を見据え、QOLを考慮し、対応するもの

全てにおいて、本人だけでなく、家族や周囲環境を含めた対応が重要となる。そしてリハビリテーションアプローチの根幹は、最終的には疾患に関係なく、同じになる。どんな疾病や障害があっても、その人を“Happy“にできるのなら・・・と。

そんな硬いことを考えながら、日々、患者さんや利用者さんと、笑顔を共有したいと思って、病院内や各お宅を走り回っている今日この頃です。

 (本当は病院内は走ってはいけません。ごめんなさい。)


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イニシャル:I.U
所属:訪問看護ステーションあおば

 私は最近、けがの為入院生活を送っていました。その間は下肢をシーネ固定し車椅子生活を強いられていました。

 車椅子を介助するというのは何度も行なっていましたが、自分自身が乗車して生活するというのは初めての体験でした。学生時代は片麻痺疑似セットを着用して屋外を歩いてみたりオムツを使用してみたり…など、色々体験してきましたがそれは半日程度の事。しかも、痛みを誘発している箇所などなかったので体はわりと自由に動いており,苦痛に感じる事は少なかったように覚えています。しかし、今回は本当に体のあちこちが痛むし、痛くて自己操作も思うようにいかない!車椅子駆動の辛さ、大変さを自分自身の体験を持って知らされました。

 車椅子生活を行なう上で大変な所は沢山あると思います。車椅子自体の問題、車椅子を利用する場合の環境の問題などなど…。ちなみに、私が利用していた車椅子はサイズが少し大きくて、駆動する時は坐面の前方に座らなければ思うような駆動が出来ませんでした。少し元気になってくると院内の色々な場所に出向いてみましたが、歩いていると気にならなかったほんの少しの坂や売店等の広さ、トイレやエレベーターの構造など、初めて気になる場面が沢山見えてきました。まだ、院内でしたからある程度環境は整っているほうだと思いますし、助けてくれる人には恵まれていたと思います。しかし、これが屋外ともなるとどんなに大変なことか…!

 私は訪問を始めて1年が経過しますが、こうした「暮す」という事に必要な社会的・物理的な環境作りの重要性をご利用者さまから教えて頂くことが多々ありました。以前、ご利用者さまが「地下鉄出入口のエレベーターはなぜ一ヶ所しかないの?そこへまで行くのが大変なのよ…」とお話されていました。本当に大変です…。今回、自分自身の体験を持って改めて気付かされました。屋内・屋外問わず「ここがもう少しこうだったら楽に行動できるのになぁ…」と思う所は身近にあるのですね。辛い入院生活でしたが、学ぶ事の多い毎日でした。

 「心地よい暮しづくり」を作っていく為に、リハスタッフとして色々な着眼点から提案できれば…と考えております。

☆ここで、私が使用していたシーネについて簡単にご説明します。

骨折や脱臼などの外傷時に幹部を固定するもので、その目的としては…

@安静を保ち、痛みを軽減する

A患部への荷重、変形を予防する

B患部が動揺することで、他の部位に損傷が起こらないようにする

…などが挙げられ、使用する部位によって種類や大きさ、固定の方法が異なります。


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イニシャル:Y.T
所属:訪問看護ステーションあおば

 訪問リハビリの仕事にかかわるようになって2年になる。その間、いろいろなご利用者さまやご家族さまにお会いした。疾患や社会背景などにいろいろな違いはあるけれど、どの方も生活していくパワーがあるなぁ、と感じる。

 脳梗塞で片麻痺になり、視野が狭くなったり注意力に障害がでたりもしているのに、子供さんをやしないながら二人暮らしをしている方、脳に損傷をうけ、片麻痺に加えて糖尿病や肝臓病などの内臓疾患をかかえながらも、いろいろなサービスを利用しながら一人暮らしをしている方、めまいやしびれや痛みで、とてもつらい思いをしている方・・・

 また、車いすでどんどん外に連れて行ったりして楽しみながら介護をしている娘さんや、それまで台所に立ったことなんてないのに食事を作るようになった旦那さんなど、ご本人様はもとより、ご家族のパワーにも圧倒されてしまう。

 どの方も、「家にいたい」「家にいさせてあげたい」という単純だけど、とても強い気持ちからおきているパワーなんだろうなと思う。そのパワーに圧倒されることも多いけど、皆さんの生活のお手伝いができるように、自分自身パワーアップしていきたいと思う、今日この頃である。


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イニシャル:K
所属:訪問看護ステーションさくら

私がOTになってから今年で4年目になります。
以前は、慌ただしく過ぎていくだけの毎日でしたが、少し余裕を持てるようになってきた今日この頃です。そんな最近ですが、訪問に行く度、人生経験もセラピストの経験も少ない、子育ての経験も無い・・・、そんな未熟な私に何ができるのか??これでいいのかな?ということを考えさせられています。
それでもそんな私の事を、「待ってました!」とか「また来週お願いしますね。」と、言って下さったり、子供の無邪気な笑顔を見ると、『次回もがんばろう!』という気持ちになり、励まされている毎日です。
ちょっとマイナス思考の私に、最近知人から、『出来ないとかだめだって考えるのではなくて、少しでも「○○できる」とか「○○したい」って思うと、次にやる事が見えてきて、前向きに考えられるようになるんだよ』って言われました。出来ない事って見つけやすいし、悪いことを言うのって簡単ですが、ちょっと考え方を変えるだけで、見方も変わって世界が広くなるし、受け取る印象が全然違うことに改めて気づかされました。
リハビリに置き換えても、利用者様の出来ないことばっかりをみるのではなくて、小さな事でも出来ることを見つけていくことが大事なのかも?と思うようになりました。
まだまだ試行錯誤中ですが、「来てもらえて良かったな」「また来てもらいたいなー」と思って頂けるセラピストになれるように、これからも日々頑張っていきたいと思っています。



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イニシャル:S
所属:訪問看護ステーションさくら

  小児のリハビリテーションに携わって2年目の夏を迎えました。早いような、長いような…。どちらにせよ、内容の濃い1年だったに違いはありません。失敗もいっぱいしました。悩むこともいっぱいありました。もちろん、嬉しいこともいっぱいありました。正直言えば、失敗や悩みの方が断然多くて落ち込んでばかりですが、立ち直るのはアッという間です。どんなに落ち込んでいても、訪問先の玄関を開けた瞬間、子どもたちやお母さん方の顔を見た瞬間に、そんなものはぶっ飛んでしまうのです。すっかり訪問は私にとっての心の栄養をと化しているみたいです(少々依存的かな)。
   OTとしては4年目なのですが、毎年、毎年春になると、“1年前から全然成長してない、どうしよー!!!”という焦燥感に駆られてしまいます。例外なく、今年も。けれども、思い起こせば、1年前の自分は無知にも程があるというくらい何にも知らず、わからないことだらけだったのです。早くベテランになりたい、経験を積みたい、と思ったこともありますが、今の自分だからこそ、知識や経験が少ないからこそ感じる新鮮さや発見、感動があるように思えます。
   訪問に行くと、時に子どもたちの能力や意外な一面に驚かされてしまいます。私が思っていた以上のことをやってのけてくれるのです。お母さんたちの喜ぶ様子や、褒められて喜ぶ子どもたちの顔を見ると、とっても嬉しくてたまらなくなります。もしかしたら、それは訪問リハの効果というよりも、子どもたちの成長・発達そのものかもしれません。訪問リハを行わなくとも、できるようになったのかもしれません。けれども、そんな子どもたちの持つ潜在性を見出すことができるよう、出来るだけ引き出して伸ばしてあげることができるよう、そして、日常生活や将来に繋げることができるよう試行錯誤しながらも、お手伝いできたらと思っています。
   これまでも、そしてこれからも、私にとっての一番の先生は子どもたちやご家族の方々なのです。たくさんのことを学ばせて頂いて感謝するとともに、微力ながらも期待に応えられるよう、日々精進していきたいのです。


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イニシャル:K.S.
所属:訪問看護ステーションさくら

 私は作業療法士として働き始めて今年で4年目となる。初めは病院に勤務し、対象者も高齢者であったが、半年過ぎた頃に現在の小児専門の訪問リハビリに従事している。病院から訪問、高齢者から小児、と環境が大きく異なり、臨機応変が苦手な私にとっては日々奮闘の毎日であった。そんな毎日の中で、ずっと私を勇気づけてくれていたのは、『子供たちの笑顔』である。
子供たちは、訪問すると笑顔で迎えてくれ、帰るときにも笑顔を見せてくれる。また、寂しそうな顔をしてくれることもある。もちろん、苦しい顔で訴えてくれるときもあれば、苦手なことをされて怒ったりすることもある。子供たちは一人ひとり、自分なりの表情やしぐさで、いろんなことを教えてくれる。お話がうまく出来ない子供も全身を使って、お話してくれる。また、仲良くなっていくとさらにいろいろな一面を見せてくれる。そんなふうに、素直にまっすぐに、自分の気持ちを表現してくれる子供たちが私は大好きです。どんなに大変なときでも、子供が満面の笑みを見せてくれた瞬間には、気がつけば私も一緒に笑っています。いつも不思議だなぁと思いつつ、それだけの力が子供たちにはあるんだなぁと毎日感心しています。いつも元気や勇気をくれる子供たちは、私にとって特別な存在です。笑顔だけでなく、子供たちが自分の気持ちを様々な形で表現して他者に伝え、元気に過ごせるように、私も一生懸命頑張っていこうと思います。
最後になりましたが、子供たちの笑顔だけでなく、私を支えてくれている人は、ほんとうにたくさんいます。私の周囲の人すべてに、心から感謝しています。
そして二つ目の最後となり話も変わり申し訳ありませんが、最後にひとこと。たった二ヶ月間しか一緒に働けなかったけどとても尊敬している先輩が、いつも私に言ってくれていた言葉。「Sちゃんなら大丈夫!!!」。この言葉は私の宝物です☆


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イニシャル:M.N.
所属:渓仁会訪問リハビリテーションセンター

ある日の訪問での出来事・・・
 いつものようにK君を抱っこし、声をかけながら、K君が喜ぶやりかたで手足を動かし、背中を伸ばすように、リハビリをしていたところ、妹のAちゃんがそばに来て、感心したように声をかけてくれました。『先生、K君の抱っこ上手だね。K君も楽そうにしているよ。うれしそうだし。なんで、K君の好きなことわかるの?』と言うのです。私に、何気なくかけられた言葉に、とてもうれしく、得意になって返事をしました。『リハビリはね、こうやって一緒に身体を動かしていると、その人のことがよーくわかるようになるんだよ。それに、K君の小さいころから、ずっと一緒にやってきたからね。Aちゃんが赤ちゃんの時も、知っているよ。』そうすると、Aちゃんは、『Aが赤ちゃんの時も知っているの?』とうれしそうに言いました。『うん、知っているよ。K君にお兄ちゃんになって良かったねって言いながら、リハビリやっていたから。』

・・・K君のお母さんは、私が訪問をすると、いつも帰る時には、『Kは先生のこと大好きだから、また、来てね。』と言って下さいます。でも、リハビリがすばらしく上手い、とか、ものすごく効果があるから、とは言って下さらないけれど、私には一番嬉しい励ましの言葉です。

とは言え、最近は、若いスタッフに任せることが多くなって、私の出る幕はなくなりつつあります。・・・ピンチヒッターで、久しぶりに訪問をしたお宅で、お母さんがしきりにお子さんに言い訳をしています。『Nちゃん、今日は、S先生はお休みなの。怒らないでね。』Nちゃんは、大好きなS先生が来ると思って待っていたのに、ちがう人が来てものすごくがっかりしたみたいです。それを察したお母さんが、子供の機嫌が悪くならないように気を使って下さっていることがひしひしと伝わります。私は、『Nちゃん、ごめんね、今日は、S先生病気で来られないの。今日だけ、我慢して一緒にやろうね。』
・・・帰り道、車を運転しながら、なんとも言えない嬉しい気持ちになりました。S先生に教えてあげよう、きっと、今の私とおなじように喜ぶにちがいない、と思いながら。


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イニシャル:B.K.
所属:渓仁会訪問リハビリテーションセンター

「ギャップを埋めてくれるもの」
私は、作業療法士として働き始め2年目の春を迎える新人です。が、社会人経験はスタッフの誰よりも多く、既に20年が経過しているベテランの域?にあります。新人とベテラン?ヤングとアダルト?という相反する立場の私を自己評価し、今どきの若者言葉に変えてみると「ビミョ〜って感じ〜」ってところでしょうか。そうなんです!年をとっている割には専門技術が未熟なのです!脳細胞が恐ろしいスピードで減っていくのをいさぎよく御見送りしながら、この大きなギャップを一日でも早く埋められるように日々精進しているわけですが、専門技術の他にもう一つこれまたやっかいな問題がありまして…。これまで保育士として大勢の子供たちと関わってきた私は、一種の職業病とも言える「いつも元気にハツラツ病」に罹っており、その20年間コツコツと培ってきた病(性格的なもの?)は慢性化していると思われます。この病は、繊細な身体と心をもった子供たちに対する接し方や、医療従事者としての関わり方には必要とされない部分が多々あるのですが、どうも訪問中知らず知らずのうちに、この病が前面に出てしまうらしいのです(いけませんね)。「医療と保育」は障害児療育にはつながりの深いものですが、私が今、この訪問リハビリでやらなければならないことは「医療」であること、を常に頭の天井右斜めちょっと上くらいにドーン!と置きながら努めなければならないと考えている所存でございます。

こんなことを一年以上毎日考え(なげ〜な〜)、反省しながら少しずつギャップを埋めていっているわけですが、いつ埋まるか分からない無数のギャップの穴に何かが詰まったな、と感じるときは、やはり子供たちの「笑顔」が見れた時でしょうか。『自分で動いたんだョ!』『自分でオモチャ動かしたんだョ!』と言わんばかりに、そして誇らしげに見せる笑顔はやっぱりいいですね。


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イニシャル:H.T.
所属:渓仁会訪問リハビリテーションセンター

自分が理学療法士になりいまの仕事に携わるようになってから1年が過ぎた。1年が過ぎても、日々「もっとこうすればよかった」というような反省ばかりであるが、率直な感想として、いまの仕事をとてもやりがいのある仕事だと思っている。
 訪問リハビリの良い点として、利用者様の生活に直接関わることができる、という点と利用者様の生活が続く限り関わっていくことができる、という点がある。しかし、これらは良い点であるとともに、関わる人間にはとても大きな責任が伴っていると思う。つまり、関わる人間によって、その利用者様の生活はどのようにも変わることができるということが言えるのではないかと思う。良くしようとすればさまざまな手段、サービスの提案、助言をおこなうなどして良くすることができるし、変えようとしなければ利用者様の生活は何も変わらない。生活を変えるということはもちろん簡単なことではないが、そこには大きな可能性が含まれていると思っている。
訪問リハビリの仕事に携わり実際に家族が共に住みなれた家で生活している様子を見ていると、いかにそれが大切なことであるのかということが実感できる。訪問リハビリの役割のひとつとして、利用者様のいまの生活を維持していくこと、さらには快適な在宅生活を送ることができるように支援するということが挙げられるが、毎日の訪問の中でそれらがいかに難しいことであるか、そして、日常生活の中で子どもたちを介護しているお母さん方がいかに大変なのかということを痛感している。自分が訪問することでその大変さが少しでも軽減するよう、今より良い方向へ向かうことができるように支援したいと思っている。
 1年が経過し、ひとつ確実にわかったことはお母さんや子どもたちの思いや考えを受容するということがいかに重要なことであるかということである。ひとりひとりのお母さんたちにはさまざまな思いや考えがあるということが毎日お母さんや子どもたちと接する中で実感している。
 2年目の自分にはあらゆる課題がまだまだ山積みである。毎日、一段一段階段を昇っていくようにして、お母さんや子どもたちに本当に必要なサービスを提供できる、そしてたくさんの笑顔を引き出すことができる理学療法士になりたいと思う。


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イニシャル:A.T.(OT)
所属:渓仁会訪問リハビリテーションセンター


 私は小児分野専門の訪問リハビリに従事している作業療法士で、新卒から当センターに勤務して四年目になる。勤務当初はセンター自体も開設して間も無く、戸惑う事や悩む事がとても多かったが、上司や同僚、同じ分野の先輩たちに恵まれていたことでなんとかここまでやってくることが出来た。
 現在は、自分では動く事やお話したりする事が難しかったり、慢性的な呼吸機能障害のために人工呼吸器管理が必要であったりと比較的重度の障がいを持つ子どもたちと関わる機会が多い。呼吸が苦しい事などにより不快感の訴えの強い子どもが、リハビリを行うことで安楽となり笑顔をみせてくれる事。また、その子どもをみたお母さんに安心してもらえる事が、訪問リハビリを行っていて一番うれしいことである。
子どもが、在宅という環境の中で、施設や訓練室の中ではみられない、びっくりするような反応や能力を時々みせてくれることがある。これからも、訪問リハビリを通じて子どもたちと関わりながら、本人や家族と一緒に新しい発見をしていきたい。



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イニシャル:M.M.
所属:渓仁会訪問リハビリテーションセンター


私は現在の職場で、発達期に障害を持ったお子さんのお宅に訪問しリハビリを行うという
仕事をして4年目になる。
先日、私は担当しているお子さんの養護学校の卒業式に出席させて頂く機会に恵まれた。
セーラー服を着て可愛くお化粧をし、輝いた表情をした女の子とそれをとても嬉しそうな
表情で見守っているご両親の姿。卒業式を共に喜べただけでなく、卒業した後も関われる
事がとても嬉しかった。(これからは何が待ち受けているだろうか!?)
訪問リハビリの利点として、利用者様に長く関われる事があげられる。「長く関わる」とい
うことは、「共に未来を見据えながら、ライフスタイルの各時期に合わせて、支援させて頂
く事」であり、その点では、訪問リハビリはとても面白い仕事だと感じる。
また、個人的には、お子さんのリハビリ以外の場面での話を聞く事には出来る限り意識す
るようにしている。例えば、「土日に家族みんなで買い物や温泉に行って楽しかった。」と
いう話を聞いたとする。その度に、その家庭にとっての家族みんなで過ごす時間の重要さ
を認識し、その上で、そのお子さんが外出中、体調や呼吸状態が安定しているか、バギー
にちゃんと座れているか、動けるお子さんは安全に且つ疲労せずに移動できているか、そ
の子どもさんや家族にとって何か不便な事、困る事はないかを考える。
些細な会話の中に、そのお子さんと家族が何を重要と考えているのかを知るヒントが隠さ
れている。そして、「支援していく意味」も含まれていると考える。まず、話を聞き、その
お子さんと家族の生活や考え方を知り、共感することから、生活支援は始まる。障害を持
ったお子さんとその家族の方々がより安心し、より前向きに、毎日を過ごせるように、寄
り添い、共感する姿勢を持ち続けながら訪問リハビリを行っていきたいと思う。
最後に、いつも暖かく迎えて下さる利用者様とその家族の方々、行き詰まった時に支えて
くれるスタッフに心から感謝しています。そして、これからも宜しくお願いします。


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イニシャル:S.T.
所属:渓仁会訪問リハビリテーションセンター


 作業療法士になって今年で6年目。新人ではないものの、まだまだ若手(!?)であり、失敗や反省の連続でもある。常に感じることは、子供達への直接的な関わりは当然のことながら、母親・家族への精神的なケアを含めた関わりが非常に重要であり、また難しい点であるということである。訪問の中で、「今日来てもらって良かった」と思って頂けるような結果を出すように努め、最後に家庭にて親子で取り組めるような課題を提供していくことが、セラピストとしての役割だと考えている。しかしながら、日常の介護状況、子供のことを母親・家族がどう捉えているか? 母親の心情などを踏まえておかないと、こちらからの情報提供・助言は母親の負担となってしまうことがある。
 母親が子供に抱く特殊な感情や接近行動はマターナルアタッチメント(maternal attachment)と呼ばれ、ここに生じる作用が基盤となり、母と子の愛着関係が形成され発達していくと言ってよい。しかし、障害を背負って生まれてきた我が子に対して逃避・絶望感を持ち、「受け入れられない」「どうしていいか分からない」という感情を抱いてしまう母親がいることも事実である。以前、あるお母さんから「昔は自分の子供に対してどうしていいか分からず、あまり愛情も持てなかった。ただ、訓練をやらせているだけだった」と話して頂いたことがある。そういった感情を抱いている母親を目の前にして、現在の自分には何が出来るだろうか? 結婚もしていなければ子育ての経験もない、臨床経験も浅い自分が何を言っても説得力はなく、お母さんの話・訴えに傾聴し共感をしていく、受容していくという姿勢を意識してきた。初めはそういった姿勢が重要なのかもしれない。しかし、母親の気持ちを認めながらも、どうしたら子供は楽な状態になるのか。どうすれば母子共に楽しく快適な生活につながるのか。徐々に母親の気持ち・心情が次なる方向へ変化していくよう促していくことが大切であり、非常に難しい課題であると感じる。人の気持ちを動かすのは、人の気持ち‥。自分にはまだまだ難題である。
 そのお母さんは当初、家庭でのポジショニングの提示や介護方法等を助言しても、実践には至らず、自分からの話を避けている印象さえあった。継続的な訪問リハビリをやらせて頂く中で、次第に相談をして頂けるようになり、本音とも思える話も聞かれるようになった。また、訪問時にはお子さんの身体状況からも、それまで母親が介護を頑張ってくれていたという様子が感じ取れるようになった。「訪問リハビリを受けて本当に良かったです!」。そう言ってもらえた経験が、また頑張ろうという活力になっている。



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